住育のすすめ 1「賃貸と持ち家は、リスクの大きさが違います」
※この記事は、『住育のすすめ〜住まいを考える50の方法〜』(竹島靖著/角川SSC新書/2007年刊)を1節ごとにご紹介していくコンテンツです。
第1章 悩む。
賃貸か、持ち家か、それが問題だ。
1 賃貸と持ち家は、リスクの大きさが違います。
妻はわたしの目を見て、切り出しました。
2005年4月、東京。
「今後10年家賃を払い続けると、ざっと2000万円。このお金を活かして東京で住まいを購入してみてはどうだろう」
東京で家を持つ。人生で1秒も考えたことがなく、まさに青天の霹靂でした。四国、関西、関東で、当時18回の引っ越し経験がありました。マイホームに対する憧れはまったくなかったので即答を避け、検討するよと答えました。
その日からわたしは、建築や住まいに関する本をたくさん読み、セミナーや勉強会へ足を運びました。最終的に読んだ本や資料を積み重ねると、4mほどになるでしょう。わたしはコピーライターですから、探偵のように仮説を立て、情報を集め、検証してゆくのが仕事の一部です。賃貸か持ち家か。一戸建てか集合住宅か。都心か郊外か。検討する課題はたくさんあります。メリット・デメリットなどを分析し、ワープロソフトで清書しました。
賃貸と持ち家は、ほぼ同じコスト。これは正解でもあり、誤解でもあると思います。住宅情報誌などをめくっていると、「やっぱり夢の一戸建てはサイコーです。やめろよジョン、パパの鼻をなめるなよぉ」なんて感じで、声の裏返ったトーンのマイホーム礼讃記事がてんこ盛り。実際の家計簿まで公開されています。しかし、よーく見ると「修繕積み立て金」の項目が見当たりません。分譲マンションで必須の「修繕積み立て金」は、一戸建てに不要なのでしょうか。
資金計画にランニングコストという観点が抜けている場合も多いようです。知人の不動産業者は、一戸建てだったら20年ごとに200万円、できれば10年ごとに200万円かけてメンテナンスしたいよねと言っています。高温多湿。春夏秋冬。日本の家は、いまこの瞬間もダメージを受け続けています。買ってしまえば安心。あるいは買うだけで力つきる。そんな生活者も多いのではないでしょうか。
日本の家の平均寿命は、たった30年。建て替えると千万円単位で予算が発生。そのコストは、ビルボードのヒットソングのように一瞬でジャンプアップします。分譲マンションの場合、35年ローンの終了前に建て替えが協議されるわけです。ローンを完済し悠々自適を決め込んできたら寝耳に水。反対しても、区分所有法によって住民の五分の四の賛成で建て替えが実行に移されます。マイホームさえ手に入れたら少ない年金でも何とかやっていける。それは幻想です。建て替えや立ち退き。営業マンは、現実を教えてくれません。
阪神淡路大震災で1万5000人が、ローンを抱えたまま家をなくしたといわれています。持ち家という資産は、何かあればオセロゲームのように一瞬で負債へと変わるのです。賃貸の場合、ゼロからのスタート。しかし持ち家の場合、マイナスからのスタートです。たくさんの見えない活断層。列島のあちらこちらで火山が赤い口をあけています。そして耐震強度偽装事件であらわになったように、建物のクオリティが保証されないまま流通している恐怖。リスクマネージメントという観点から考察すれば、いま持ち家のコストなんて氷山の一角でしか積算されていないと思います。
建築や不動産に関する知識は必要です。しかし既成概念や思い込みは、いったん白紙にしましょうか。そして賃貸か持ち家か、その白い紙に検討事項を書いて比較しましょう。口頭で議論するだけでは空回りします。書き出した文章は一晩寝かせ客観的に眺めましょう。だいじょうぶ。みんな悩むのです。わたしたちは何の住育も受けていないのですから。
続く
投稿者プロフィール
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1960年生まれ。東京都在住。コピーライター、プランナー、日本住育の会代表。日本では導入例がきわめて少ない既存住宅性能表示を利用して耐震診断をおこない、中古住宅を購入。その後に耐震工事を実施。「日本住育の会」は、「よりよく生きるために、よりよく住まうことを学ぶ運動」をおこなう非営利の団体。2006年5月設立。
住育二部作の後編は、『危ない「住活」』(竹島靖著/竹書房新書/紙版2013年刊・電子書籍版2019年刊)。著作は、単著2冊および共著5冊で合計7冊。コピーライターとしては、宣伝会議賞金賞・銀賞・銅賞など15の賞を受賞。
【住育】じゅういく
①「住まい」に関する教育。
②キレない子どもをつくる、正しく子どもを導くなどに限らない、体系的な見識。
③知らないことは教えられません。子どもたちに「住育」する前に、まず大人が最低限の「住まい観」を養うべきです。
④よりよく生きるために、よりよく住まうことを学ぶ運動。
⑤たんなる営利目的の手段として「住育」が使われるときは、警戒が必要です。
(日本住育の会による定義/2007年10月現在)
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